あたらし(o-ω-o)

雑食音楽好きの日々です(・ω・´ 自分の日々のgdgdや、歴史に埋もれてしまった作曲家の再発掘・紹介など

作曲家ハック(ハックウ)について 

 

今回は"舟歌"(バルカローレ)で名を残すハックウまたはO.ハックについて調べてみました。

日本での情報は、Otto Hackh(オットー・ハック)、ドイツの音楽教師・作曲家。
、といった感じですかね。

- - - - -

オットー・クリストフ・ハック / Otto Christoph Hackh

1852年9月30日、現ドイツ圏のヴュルテンベルク王国の首都シュトゥットガルトに生まれる。

1871~5年、シュトゥットガルト音楽演劇大学(Stuttgart conservatory)で
ピアノをPruckner(,Dionys)とSpeidel(,Wilhelm)に、和声と作曲をSeifriz(,Max?)に生徒として学ぶ。

1872~5年、Speidelの最初の助手(助教)をする。

1877~8年、Speidelの演奏旅行でドイツ、ティロル、そしてスイスを回る。

1878年の間、ロンドンで教えしつつ、コンサートを行った。

1879年に演奏旅行。

1880年にアメリカのニューヨークに行き、そこで1889年までGrand conservatoryのピアノ部門の首席だった。

1887~8年、ニューヨークにてAnton de Kontskiにピアノを師事。

そのすぐあと、次いで2年間個人的に教えた。
1891~95年に外国へ。精神的消耗の療養のためにヨーロッパで3年を過ごす。

1895年以来はニューヨークとブルックリン(98年まで市)で再び教師をしながら作曲家をした。

1917年9月21日ニューヨークのブルックリンにて64歳で亡くなる。

- - - - -色を薄くしている文字は推測です。


故郷のヴュルテンベルク王国はこのあとすぐに王政が廃止されて
現在はバーデン=ヴュルテンベルク州。シュトゥットガルトはこの州都になっています。

O.ハックにピアノを教えたPrucknerはディオニュス・プルックナー(1834-1896)と思われ
ウィキペ先生にはシュトゥットガルト音楽演劇大学の教員だったとあります。
フランツ・リストの弟子で"2つの演奏会用練習曲 S.145"を献呈されています(!)

Wilhelm Speidel(1826-1899)はその大学の創立者の一人。ピアニスト。
Max Seifriz(1827-1885)は作曲家・ヴァイオリニスト。この大学で音楽史と和声の教師をしていた。

その後のA. de Kontskiはアントン・デ・コンツキ(1817-1899)。ポーランド出身の
世界的なピアニストで、若いときにはモスクワでジョン・フィールドに習った。


ということで、言ってしまえばO.ハックはリストやフィールドの孫弟子の関係と言えます(!!)
ニューヨークで出会えたコンツキなどもスゴイ人なのですケドね(´-`;)

日本では"No.5 海の上で(舟歌)"や"No.6 夏のバラ(マズルカ)"などが収められた
Op.230"6つの易しい小品"中の曲が知られています。作品番号が230ということで多作な作曲家であり
その作品は実用的でかつポピュラー(大衆的・人気のある)なサロン音楽と評価されています。

評価のとおりOp.230は、考え抜かれた品の良い美しさがあって
初めて聴いたときから、どこか別格で魅力的な作曲家という感じがします。

他には難易度が高いピアニスティックなピアノ曲や歌曲などもあるようです。

肖像画については以下のものがありました。
Brooklyn Newsstand / "The Brooklyn Daily Eagle" 27 Oct 1895よりP. 21
新聞記事。右下の一番小さい肖像画がO.ハック。
"The Brooklyn Dairy Eagle"紙は教師としての活動から訃報まで
後年のハックの生活を詳細に伝え、支えていたようです。
なお、この新聞は生年を1851年としています。

参考:
"Dictionary of music and musicians"よりP.57 / George Grove著(1920年/英語)
"Baker's Biographical Dictionary of Musicians(第3版)"よりP.350 / Theodore Baker著(1919年/英語)

category: 作曲家の資料

tag: 音楽  O.ハック  ハックウ 
tb: 0   cm: 0

△top

H.ネッケ:ナイチンゲールの歌 

 

お久しぶりな空苑です(´`;)

オルゴールの曲でこんなの見つけたので動画を紹介。


ネッケ:夜啼き鶯(ナイチンゲールの歌)

詳細はほとんどわかりませんでしたが、「クシコスポスト」で有名な
ヘルマン・ネッケ(1850-1912)の作品のようです。

楽譜もネットではほとんどの曲が見つからない中でも
オルゴール盤として受け継がれてきたのがスゴイと思いましたね。

ネッケはハンガリー風の作風の人だと勝手に決めつけていましたが
この曲はサヨナキドリを主題にした華やかな曲で、やっぱりクシコスポストだけでは
評価してはならない作曲家だと思います。

ドイツの作曲家でありながら時にハンガリー風だったり、かなりの多作だったりと
あらためて見ると結構ナゾ度が高い人です。

もっと解明されることを願いたいですね( 。-ω-。).o○

category: ネッケ,H

tag: 音楽  あたらし作曲家紹介  H.ネッケ  日記 
tb: 0   cm: 2

△top